コラム

ホノルル国際空港はダニエル・K・イノウエ国際空港へ

ハワイの空の玄関口と言えばホノルル国際空港。ハワイに来るほとんどの人がこの空港に降り立つので日本人には最も馴染みのあるアメリカの空港のひとつですが、実はホノルル国際空港は2017年4月27日から「ダニエル K. イノウエ国際空港(Daniel K. Inouye International Airport)」という名称に正式に改名されたのをご存知でしょうか。


アメリカにはニューヨークのJ・F・ケネディ空港やヒューストンのジョージ・ブッシュ空港などかつての大統領の名のついた空港はいくつかありますが、ダニエル・K・イノウエという名前を聞いたことがある人は日本ではあまりいないかもしれません。しかし、彼は実はアメリカでは知らない人はいないくらい有名な人物です。今回は日系人としてハワイの歴史を語る中で最も重要な人物のひとり、ダニエル・K・イノウエについてご紹介します。


ダニエル・イノウエという人物について

ダニエル・ケン・イノウエ(日本名は井上健)は1924年(大正13年)、福岡からハワイへ移住して来た両親の元でいわゆる日系二世としてホノルルに生まれます。


大学生時代に太平洋戦争が開戦、彼はアメリカ人としてアメリカ軍に志願し、アメリカ陸軍の日系アメリカ人部隊として有名な第442連隊戦闘団に配属されヨーロッパ戦線へ送られます。ヨーロッパで大活躍をした442部隊ですが、イノウエはドイツ軍との戦闘中に右腕を失ってしまい、終戦後軍を除隊した後は政治家への道を目指す事になります。


彼は1959年にハワイ州からの下院議員、1963年には上院議員とアメリカ初の日系人議員となりその後2012年までハワイ州選出の民主党上院議員として、約50年もの間アメリカの政治家として活躍、最後は上院仮議長の要職にありました。彼は長い政治活動の中でアメリカにいる日系人の待遇改善に尽力したことでも知られ、2012年にワシントンの病院で88歳のその生涯を閉じた際には当時の大統領であったオバマ大統領が「真の英雄を失った」とその死を悼み、遺体が収められた棺がアメリカ合衆国国会議事堂の大広間に安置されるという大統領並の待遇を受けています。


また、今回のホノルル国際空港からの名称変更以外にも2013年にはアメリカ海軍の駆逐艦の名前が「ダニエル・イノウエ」に、またハワイ島の東西をつなぐ州道200号線、通称サドル・ロードも「ダニエル・イノウエ・ハイウェイ」に改名されるなどアメリカ中で彼の政治家としての功績を讃えています。

日系人としてアメリカに生まれ、アメリカ人としてアメリカ国家の為に50年もの間政治家として尽くしたダニエル・イノウエ。今度ハワイに降り立つ際には機内のアナウンスに注意してみてください。

公式サイトでも空港の名称は
「Daniel K. International Airport」の表記に

名称変更があったものの空港は特に以前と変わらない雰囲気
(国内線ターミナル)

ダニエルは今故郷のハワイ、パンチボウルに眠っている。

 

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