コラム

カメハメハ1世とハワイ島

ホノルル観光で必ずと言っていいほど立ち寄るのがダウンタウンにあるアリイオラニ・ハレ(最高裁判所)前に立っているカメハメハ大王像。

皆さんはこの像がハワイにいくつあるかご存知ですか?

この像のモデル、ハワイ王朝の最初の王カメハメハ1世は実はハワイ島生まれ。

今回はそのカメハメハ1世とハワイ島に残るカメハメハ1世のゆかりの地をご紹介します。



~カメハメハ1世の生まれた地、カパアウ~

ハワイ島のほぼ北端、ノースコハラに位置するHawi(ハヴィ)。このあたりはかつて、製糖産業で栄えたノースコハラエリアの中心地でした。

今では車であっという間に通り過ぎてしまうほどの小さな町ですが、当時の面影を残す建物を利用した個性的なギャラリーやお洒落なカフェがいくつか軒を連ねていています。

このハヴィを通りすぎるとカパアウ(Kapaau)という小さい町にたどりつきますが、ここがかのカメハメハ1世の生誕地と言われています。





1758年にハワイ島の首長の甥として生まれたカメハメハ1世はその叔父の死後、それまでそれぞれの島の有力者が治めていたマウイ島、オアフ島などを次々と征服し、1795年にハワイ王国の建国を宣言、やがてカウアイ島、ニイハウ島もその支配下に治めついに1810年にハワイ諸島を統一します。

ハワイ諸島統一後、ハワイ王国の王としてカメハメハ1世はその優れた外交手腕で他国から長期間にわたる国の独立を守り、またハワイ独自の文化の保護と発展に力を注いだといわれています。



~カメハメハ1世ゆかりのヘイアウ、プウコホラ~

カメハメハ1世は1790年にハワイ島統一を祈願し、 コハラに巨大なヘイアウを建造しました。

これがプウコハラ・ヘイアウ(Pu`ukohol? Heiau)で、カメハメハ1世はカフナとよばれた神官からこのヘイアウに奉った戦いの神クカイリモクの加護でハワイ諸島を統一するよう予言を受けたと伝えられており、その後その予言通りにハワイ島統一を成し遂げることとなります。

プウコホラ・ヘイアウは現在は国立歴史公園として一部建物などが再現されて当時の様子をうかがい知ることができます。





その広いヘイアウ内でもひと際目立つ巨大な石造の神殿に使われた石は島の北の端、ポロル渓谷から運ばれてきたと言われていますが、そのヘイアウ建設時にカメハメハ1世が自らその力を示すため、ポロル渓谷から一人で運んできたという伝説の岩が今も残っています。

「カメハメハ・ロック」と呼ばれるこの岩、カパアウを越えてポロル渓谷に向かう途中の270号線の道端にゴロリと転がっており、側にはハワイ観光局による史跡のサインもちゃんと建てられています。

この見た目は何の変哲もない岩、重さは推定1,000ポンド(約450kg)もあるとのことですので本当にカメハメハ1世が一人で運んだのかどうか、真偽のほどは定かではありませんが興味のある人は道沿いを注意深く探してみてください。



~ハワイには実は3つあるカメハメハ像~



ハワイの歴史を語るのに欠かせないカメハメハ1世、彼の像は当初キャプテン・クックハワイ諸島上陸100周年を記念して、イタリアのフィレンツェで製造され船でホノルルまで運ばれる予定でした。

しかし、その船がなんと輸送の途中フォークランド諸島沖で沈没してしまいます。

急いで代わりの像が作られ、ホノルルのダウンタウンに設置されたのが今ホノルルにある最も有名なカメハメハ像なのですが、この最初に海に沈んでしまった大王像がなんと1912年発見され引き揚げられたため、こちらの像は修復ののちに彼の生誕地、カパアウに設置されることになりました。

よってこのカパアウに立っている像がオリジナルの像ということになります。

また、1997年には、新しいカメハメハ像がヒロのワイロア州立公園内に設置されました。

よってハワイ島にはハワイにあるカメハメハ像は全部で3、そつのうち2つがハワイ島に存在するのです。ご存知でしたか?ハワイ島に来たらこれらの2つの像も是非チェックしてみてください。



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